兵庫県神崎郡市川町、北田中(きたたなか)。
お諏訪さんが三百五十年暮らした、字「神田」の村。
いまは町じゅうの汗と歓声が集まります。
北田中は小畑川の左岸、上田中の西に開けた村です。中世には「田中庄」と呼ばれた荘園に含まれていました。江戸のはじめの正保郷帳では「田中村」のうちに数えられており、西田中・上田中とともに、田んぼのまんなかの村としてひとまとまりに扱われてきました。「北」の名がいつ、なぜ付いたのか——確かな記録は見つかっていません。
いま上田中に鎮座する諏訪神社には、こんな由緒が伝わっています。元亨年間(1321〜23年)、大洪水で市川の流れが変わり、社地が水に浸かったため、もとの鎮座地(いまの福崎町山崎)から「北田中村字神田」へ遷座した——。以来、延宝年間(1673〜81年)に上田中へ再び遷るまで、およそ三百五十年ものあいだ、お諏訪さんはこの村にいました。「神の田」という字名が、その記憶を静かに伝えています。
明治22年(1889年)、北田中は西川辺・東川辺・浅野・小畑・西田中・上田中・保喜・屋形とともに神東郡川辺村となり、昭和30年(1955年)から市川町の大字になりました。
昭和53年(1978年)、町は「水と緑の空間の田園都市構想」の一環として、この村にスポーツ公園の整備を始めました。平成元年(1989年)の野球場完成で全体がととのい、いまの市川町スポーツセンターに。体育館、武道館、プール、テニスコート——町じゅうの汗と歓声が、この村に集まっています。